庄司紗矢香さんとRécamier
ヴァイオリンはヴァイオリ二ストにとって音楽を奏でる大事な道具です。
勿論、ヴァイオリニストの素晴らしい技術があってこそ最高の音楽が生まれることはいうまでもありません。
しかし、時々ヴァイオリニストとヴァイオリンの組合せは、奇跡のような音を生み出すかともあるのでは、と考えてしまうことがあります。
庄司紗矢香さんとストラディバリウスの『レカミエ(Récamier)』について書きます。
僕は庄司紗矢香さんの演奏が大好きで、チャンスがあれば、演奏会を聴きに行きます。技術は言うまでもなく最高のもので、何より音楽を純粋に楽しめる演奏で、いつも心から楽しみにしています。
庄司紗矢香さんが、弾いているヴァイオリンは、1727年制※のストラディバリウスで、『レカミエ(Récamier)』という愛称があります。
※実際の楽器内部のラベル記載の制作年は消えてしまっているが、ストラディバリウスの晩年期の作品とされているようです。
レカミエ夫人は、19世紀のフランスの文学・政治サロンで花形だった女性で、世界の歴史の中でも最も美しい女性の一人だったようです。
ヴァイオリンはナポレオン・ボナパルトがレカミエ夫人に譲ったもので、1804年までレカミエ夫人が所有者だったようです。
1925年からは、ミッシャ・エルマン(Mischa Elman 1891年〜1967年)が所有者となり、このヴァイオリンで演奏していました。
エルマン特有の美音は、エルマントーンと言われ、今なお愛される演奏家の一人です。小柄だったエルマンの独特な演奏スタイルから何故こんな音が出るか?今でもミステリアスな部分もあります。
現在レカミエは上野製薬株式会社が保有しており、庄司紗矢香さんに貸与しています。
故上野隆三さんが、楽器を収集しヴァイオリン貸与してきて、現在会社にその意思が引き継がれています。レカミエもそのコレクションの一つです。隆三さんのお兄さんはアマチュアのヴァイオリン弾きで早稲田大学の学生だったそうなのですが、若くして戦地で亡くなってしまったそうです。音楽を愛する気持ちがあっても、残念ながら音楽を楽しむことが困難な時代があったんですね。
現在素晴らしいヴァイオリンの音を楽しめることは、本当に素晴らしいことだと思います。
庄司紗矢香さんは、日本音楽財団所有の1715年制のストラディバリウス『ヨアヒム』を2009年まで使用し、その後『レカミエ』を弾いています。
ヨアヒムは黄色い明るい色の楽器に対し、レカミエは赤い暗い色の楽器なので、庄司紗矢香さんの演奏の映像をみると、どちらを弾いているかすぐに分かります。
個人的な意見ですが、楽器の音に差を感じます。
ヨアヒムは明瞭で明るい音です。
一方、レカミエはとっても暖かい音です。
生演奏を聴いていると、ボワッと低弦が香り立つように響いてきます。それは庄司紗矢香さん特有の音で、聴き入ってしまいます。
興味深いのは、庄司紗矢香さんの演奏スタイルも変化していることです。
映像でみると、昔はヴァイオリンを高く構えていたのですが、最近はヴァイオリンを低く構えています。そして音はより内省的に、艶やかに変化しています。
庄司紗矢香さんは、ヴァイオリン弾きの中でも小柄なのですが、ホールで聴いていると、その体格から何故素晴らしい音が出るのか?エルマン同様に考えさせられてしまいます。
もはや達人の世界なので、考えても分からないですが....。
僕自身は全てのストラディバリウスの音がいいと思う訳ではありませんが、レカミエは格別に素晴らしいヴァイオリンだと思っています。
庄司紗矢香さんが弾くレカミエから聴こえてくる音楽は、情感豊かで暖かくて、ずっと聴いていたくなります。
またコンサートに行く日が待ち遠しいですね....。